はい、釣りタイトルですごめんなさい。
正確には、「『子供にとって児童文学と一般文芸との架け橋であるべき・はずのラノベがエロ表紙によって潜在的な読者を逃している現状は教育上の損失である』という批判から見た場合にはむしろエロ表紙を無くす必要が特にない理由」ということになるかと思います。長ぇ〜!最近のラノベかよ〜〜!(^^)
この記事は、以下のツイートを発端にして起こったライトノベル(の表紙)に関する議論?を前提にしています。
きょう書店で娘が心底嫌そうな顔で「お父さん、これ気持ち悪い…」と指さした光景。自分の属する性別の体が性的に異様に誇張されて描かれ、ひたすら性的消費の道具として扱われる気持ち悪さは想像できるし、それを子供の眼前に公然と並べる抑圧はほとんど暴力だよなと改めて思う。 pic.twitter.com/YO2kVt6PYh
— シュナムル (@chounamoul) September 8, 2018
男に置き換えれば股間の性器だけ異様に巨大に描かれたイラストが氾濫してるようなもんだけど、そういう男にとって不快なものは平積みされてない。身体を性的に誇張されて描かれ、「お前の身体はお前のものではない、我々に性的に欲望される客体だ」という抑圧を受けて育つのは女の子だけ。理不尽だろ。
— シュナムル (@chounamoul) September 8, 2018
これについては特に説明しませんので、下のまとめなどを参照してください。
また、「子供にとって児童文学と一般文芸との架け橋であるべき・はずのラノベがエロ表紙によって潜在的な読者を逃している現状は教育上の損失である」というのは、以下のようなツイートの意見を大雑把にまとめたものです。
本は嫌いで漫画は好きな子供がジュブナイル小説をスルーした場合の受け皿として機能してるんだからラノベは簡単に無くしちゃ駄目なんですよ…
— ウララ (@urara_94) September 13, 2018
エロ漫画レベルの挿し絵でゾーニングされたら読書の楽しみを知ることができる子供の何割かが減っちゃうんですよ…頼むよ
ラノベは子供達が小説を読み始めるきっかけにもなれるものだと思う。それなのにあんなえっちな表紙にするのは逆にどうなの?とは思う。だって中身はそういうものなわけではないのでしょ?(他人のツイートで確認したので事実かはわからないけど)
— なつ (@moudamedamarine) September 13, 2018
ラノベのエロ表紙問題、本当だとしたら深刻な問題だと思っていて、文学少年はエロ表紙の本をレジに持っていけないし、親はエロい表紙の本を子供に買い与えないので、小説読みの導線が切れてしまうのだ。目の前にエロ表紙しかない時に、「クレヨン王国」を卒業した子供はどこに行けば良いのだろう。
— ソクラス (@Sokrath) September 12, 2018
問題は「ぼくらの七日間戦争」も「JKハルは異世界で娼婦になった」もラノベの範囲内ってことですわ。個人的には、ラノベというカテゴリそのものというより、ラノベが扱う題材が逸脱しているとしか。ラノベが児童書の次、小説の前に来るカテゴリだと思うんだけど連れて行こうとは思えん。
— 隊長@りっぴーたー○┴┐ (@frecce) September 12, 2018
大昔の話ですが、今ならラノベと呼ばれたであろうジュブナイル、朝日ソノラマ文庫の「キマイラ」や「ヴァンパイヤハンターD」とかって、男女両方に受けていたし。児童文学を卒業した世代の男女が読むはずの小説、じゃないのかな、ラノベって本来は…古過ぎですか?
— だだちゃ豆 (@hiiragioo7) September 12, 2018
“ラノベを女を搾取する男が読むもの”なんて思って見てないからこう具体的な指摘があるんだと思いますよ。ジュニア向けの、読書に導く、絵本の続き、ですよね。内容に反して身構えるような表紙、必要ありますかね。
— もりかわミユキ🍤繁忙期 (@nobu6314mo) September 12, 2018
児童書からのステップアップ的な時期や、読書習慣のない子にラノベって良いと思うんだけどなー。あんまり過激な表紙だと、子どもと大人の間にいる子たちにオススメしにくいよね。
— (えつこ) (@77etsuko) September 12, 2018
あくまで、これらのツイートに対する反応という形になるため、本来の論点である「不快に感じる人間がいるのだから配慮すべき(ゾーニング)」「子供向けの商品カテゴリでエロはいかがなものか(レイティング)」「性的消費(セイテキショーヒ)」といった問題にはほぼ立ち入りません。ご了承ください。
さて、いきなりですが、「読書の入り口」という観点からはむしろラノベのエロ表紙を無くす必要が特にない理由を、はっきり言ってしまいましょう。それは単純に、「児童文学と一般文芸とを繋げられる存在は別にラノベだけではないから」です。
発端となったシュナムル氏の娘さんは氏の分析によると、『境界線上のホライゾン』の表紙で「自分の属する性別の体が性的に異様に誇張されて描かれ、ひたすら性的消費の道具として扱われる」ことに気持ち悪さを覚えているようです。あくまで一つの意見ではありますが、似たような感想を持つ女子は多いだろうと想像できます。そのような子供・若者たちにとっては、たしかに境ホラのようなおっぱい表紙のラノベは何があろうと決して「読書の入り口」にはなり得ないでしょう。

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ですが幸いなことに、世の中には「少女小説」というカテゴリが存在しているのです。代表的なレーベルとしては、コバルト文庫(集英社)、ビーンズ文庫(KADOKAWA)、X文庫ホワイトハート (講談社)などがあります。

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(各レーベル名で検索をかけて最初に出てきたものをそのまま貼っただけです)
これは、同じ若者向けであっても、ライトノベルのような多く見積もって3、40年程度の歴史しか持たない新興成り上がりジャンルと違い、戦前から続く由緒正しい文化の継承者であり、一般的に文章のレベルなどもラノベより遥かに高いものとされています。また、当然のように女性に向けて書かれており、作家の多くも女性であるため、女性の「体が性的に異様に誇張されて描かれ、ひたすら性的消費の道具として扱われる」ような表現もほぼ存在しません(たぶん)
これなら、親御さんも娘さんも安心して買い与え、読みふけることができるはずです。
時折、少女小説はライトノベルの一部なのではないか?といった声が不届きなラノベ帝国主義者の間から上がることがありますが、これは絶対的に間違っています。男性の短絡的な性欲を満たすためだけに生まれ、現在までその姿のまま存在し続ける俗悪なジャンルであるライトノベルとは根本的に異なり、少女小説は時代によってその姿を変化させながらも真摯に社会と向き合い、少女の人生の灯火となってきたそれはそれは有り難い、いわばお経のような小説なのです。
本来、ライトノベルと比較することすら不敬であると言えるでしょう。最初に「ライトノベル」という用語が考案された時に想定されていたのがソノラマ文庫とコバルト文庫であったという事実など、歴史の大きなうねりの中では塵芥でしかないのです。
このあたりの正しい歴史認識については、東海学園大学人文学部人文学科講師の大橋崇行氏の名著、『ライトノベルから見た少女 / 少年小説史 』を参照してください。

ライトノベルから見た少女/少年小説史: 現代日本の物語文化を見直すために
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さて、これで女性は片付きましたが、待て!男から見てもあの奇乳は気持ち悪いぞ!という意見もあるでしょう。
(余談ですが、単に極端に大きいだけの乳房を「奇乳」と呼んでしまうことは果たして倫理的に妥当なのでしょうか?)
そういった人々と同じ感性を持つ(またはそういう親の)男子は、読書の入り口にたどり着くことすら許されずに実質的文盲として一生を終えるほかないのでしょうか?
いいえ、そんなことはありません。なぜなら、現代日本には「ライト文芸」があるからです。
それ訳したら普通に「ライトノベル」じゃね?という奇妙な名を持つこの小説群は、近年急速に発展してきた領域で、一般的には「ラノベと一般文芸の中間」に位置するものと理解されています。主なレーベルは、メディアワークス文庫、新潮文庫nex、講談社タイガなど。

ビブリア古書堂の事件手帖 ~扉子と不思議な客人たち~ (メディアワークス文庫)
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紫骸城事件 inside the apocalypse castle (講談社タイガ)
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ラノベ同様に、表紙に漫画的なイラストで登場人物が配置されることが多く、また、内容面でもキャラクター性が強い(別名を「キャラ文芸」というぐらい)ですが、ラノベに比べて全体的に洗練された雰囲気で、言い換えるとスカしているのが特徴です。「あやかしカフェのほっこり事件簿」などの人気ジャンルを見ても分かるように、ミステリやそれに近い作品が目立つカテゴリでもあります。
「あやかしカフェのほっこり事件簿」とは。「あやかし」やちょっと怪しい謎の人物が「カフェ」やお店、他自営業などを営んでいて、そこへ訪れるお客の日常の悩みや「事件」などを解決し、最後はなんとなく「ほっこり」する話である。
— isaji mosshm (@isaji) May 8, 2015
私見では、一般の娯楽小説(特にミステリ)にあったキャラクター性の強い部分と、ラノベ内の一般文芸寄りな作風の作家・作品が接近しあって衝突して爆発して生まれた、というのがライト文芸の成り立ちなのですがわたしの史観などどうでもいいですね、はい。
これならば、羞恥心が人並み外れて強いタイプのお子様や親御さんも、ラノベと違ってさほど恥ずかしくはないのでは。想定上の対象年齢はやや上ですが、ラノベのおっぱい表紙に嫌悪感を持つようなイキのいい男子であれば、児童文学から直接移行しても、問題なく読みこなすことができるはずです。
仮に上の二つのいずれともいまいち相性が悪かった場合でも、なんと呼んでいいのか微妙なところですが、「ラノベでもライト文芸でも少女小説でもないティーン向けの小説」というものも、数は少ないながらも存在しています。

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(普通にYA、ヤングアダルトと呼べばいいのでは?と思う人もいるかもしれませんし、わたしもそれに同意したいのですが、専門家の方によると、YAというのはアメリカで生まれたカテゴリでありアメリカにしか存在しないらしいのです。もし日本の作品をYAと呼ぼうものなら、すぐさまアメリカから図書館警察が飛んで来て逮捕されるとかされないとかナホトカ……)
アメリカのYA(ヤングアダルト)は日本のライトノベルとは異なります。政治や歴史のシリアスなノンフィクションもあり、青春小説でも虐待や性暴力、差別といった重いテーマを扱うことが多いです。アメリカでもライトノベルが翻訳されていますが、「ライトノベル」という扱いでYAには含まれていません https://t.co/GpkOMdeakp
— 渡辺由佳里 YukariWatanabe (@YukariWatanabe) June 13, 2018
以前「日本のライトノベルとYAは同じものではない」と書きましたが、その事情を詳しく書きました> アメリカでようやく根付き始めた日本のライトノベル|渡辺由佳里|ニューズウィーク日本版 https://t.co/0SHbv26GEn
— 渡辺由佳里 YukariWatanabe (@YukariWatanabe) June 22, 2018
とまあ、現在このぐらいには、一般文芸と児童書の橋渡しとなり得るラノベ以外の小説が存在しているわけです。
これだけの選択肢があって、それでもなお一部の作品にエロ表紙が存在するだけでラノベ全体を忌避するような(あるいはそのような親を持つ)子供の「読書の入り口」のためだけにラノベがエロを控えなければならない理由って、何かありますかありませんねご理解いただけて感謝します(早口)
かつては比較的ユニセックスだったはずのラノベが男性読者優先に傾き、また、一部の作風をライト文芸として切り離してしまったような、趣味の細分化タコツボ化を果たして歓迎するべきなのか?という疑問はあるでしょうが、それは別問題です。ここでの話はあくまで、エロ表紙の蔓延によってラノベが読書の入り口として機能しなくなり、このままでは活字離れが更に進行してしまうという危機感についてなので。繰り返しますがゾーニングやレーティングの是非についても触れません。
(ラノベだけが読書の入り口としての間口の広さを要求されるのは少々理不尽な気もします。原理的には、少女小説ももっと少年に開かれるべき、といった批判もあり得るのに)
ここまで書いてきておいてなんですが、わたし自身は、読書の入門編としてのみラノベその他のカテゴリに価値を見出すような態度にはかなり批判的です。さらに言えば、児童文学→ラノベその他→一般文芸というような単純なステップアップの構造自体を疑っています。
それまで児童文学もラノベもほとんど読んでいなかった人間がいきなり「普通の小説」を読み出すこともあるだろうし、純文学をずっと読んできた人間が突然ラノベに目覚めることもある。そういった流動性こそが読書の本質に近いと思うのですが、あまり小説を読まない人(親?)に限って、年齢・学力の向上に合わせて読むものを切り替えるという成長モデルにとらわれやすい印象があります。
まあ何にせよ、みんなラノベを、というか小説を、もっと「普通に」読むということを考えた方がいいんじゃないかなあと思いますね。所詮は娯楽なんだから。そこで「読書の入り口」みたいな変な重荷をあまり背負わされると、“ライト”ノベルとしての軽やかさを失ってしまうのではないか、そうなると逆説的に「読書の入り口」としての機能も却って弱まるのではないか……といったモヤモヤを若干感じたのが、今回の騒動でした。
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