い(い)きる。

生きることは言い切ること。

「異世界ファンタジー」の意味を歪めることが問題である理由(追記あり)

最近のネットでは「異世界ファンタジー」という言葉の意味が変質してきている、という問題は以前から何度か指摘されていました。

ごく最近になって新たに出てきた「異世界ファンタジー」の用法というのは簡単に言うと、「基準となる世界(多くの場合は現実に近い世界)とは別の一つないし複数の世界が登場するファンタジーもしくは、RPG風の職業やステータスやスキルといった概念が存在するファンタジーということになります。これは言うまでもなく、現在web小説およびその書籍化(ラノベ)で流行している異世界転移・転生ファンタジー作品群を想定したものです。

その背後には若い世代の、

ファンタジーが別の世界を舞台にするのは当たり前でしょ?なのにわざわざ『異世界』って付けてるんだから、転移転生のことに決まってるじゃない

『伝統的なファンタジー』が舞台にしてきた世界と、現在のなろう系ファンタジーが舞台にするステータスやスキルが存在するRPG風の世界は全く質が違う。『異世界』は後者にのみ適用すべきだ

といった認識があるようです。

単純な事実の再確認をしておきます。「異世界ファンタジー」は伝統的に、基準世界、転移転生、RPG要素の有無を問わず、この宇宙・この地球とは別の世界を舞台とするほぼ全てのファンタジーを指してきた言葉です*1。そしてもちろん、それほど最近(要はなろうの隆盛以降)になって成立した用語でもありません。

たとえば、「ミステリ・SF・ファンタジー・ホラーの専門出版」である東京創元社では、「ファンタジイ」のサブジャンルとして「異世界ファンタジイ」が設定されています。このリストを見れば、そこに並んだ作品の中には、世界間移動もRPG的な要素も無い、いわゆる「本格ファンタジー」「伝統的ファンタジー」「世界標準的ファンタジー」が含まれている(というよりそちらの方が圧倒的に多い)のは一目瞭然でしょう。

新しい「異世界ファンタジー」定義を定着させようとする者は、まず東京創元社と闘わねばならないわけです。たいへん恐ろしいことですね。

ただ、本来の意味も歴史もまるきり無視した用法であるというだけでは、実はそんなに大きな問題にはなりません。言葉は生き物です。時代に合わせて常に変化を続けるものであり、旧い世代には思いもよらぬ新しい使い方が出てくるぐらいは当たり前。むしろそれこそが言語文化の豊かさの源と言ってもいいでしょう。

新しい「異世界ファンタジー」が厄介である理由は、別にあります。

転移転生を条件とするにしろRPG的要素を条件とするにしろ、新「異世界ファンタジー」が指す領域は、本来の伝統的な「異世界ファンタジー」にすっぽりと包含されています。新「異世界ファンタジー」は伝統的「異世界ファンタジー」の部分集合ということです。図にするとこうなります。

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もしも新しい用法が定着し、転移転生“だけ”、RPG要素を持つもの“だけ”が「異世界ファンタジー」とされる世の中になった場合。それら以外の本来の「異世界ファンタジー」は、決して「異世界ファンタジー」と呼ばれなくなってしまうのです。図にするとこうなります。

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これは単なる意味の限定に過ぎず、言葉の部分的な“”なのです。

このような文化の発展に全く寄与しないケース以外での新しい言葉の使い方としては、たとえば「チート」などが挙げられます。

主に電源系ゲームでの各種不正行為を意味していた「チート」。これについて、「(まるでチートを使っているかのような)規格外の圧倒的能力」といった肯定的な使われ方が、ゼロ年代後半ぐらいから?ネットを中心に広まりました。

上のTogetterのように、この変化を邪悪なものと捉える意見も多いですが、わたしはそうは思いません。「異世界ファンタジー」の場合と違って、称賛・比喩としての「チート」と、本来の不正の意味での「チート」は重複する部分がなく、別個に共存が可能だからです*2

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これは意味の拡張であり、言葉の成長と言えます。こうした建設的な変化であれば歓迎すべきでしょうね。

もちろん言葉には正解はないので、転移転生やRPG要素のあるファンタジーだけを「異世界ファンタジー」と呼ぶ不毛な行為を禁止することは誰にもできません。たとえそれが、自分のジャンル論にとって都合がいいからという得手勝手な理由によるものだったとしてもです(「異世界ファンタジー」という既存のジャンル名の定義を無理やり捻じ曲げることにこだわらず素直に別の名前を考えた方がよっぽど手っ取り早いだろうとは思うけど)。

ただ、新定義の「異世界ファンタジー」を頑なに使い続ける方々にこれだけは言わせてもらいます。

ご自分が手を染めている行いが文化破壊、言葉に対する“殺人”に当たるという意識だけは持ってください。それが最低限の責任であり礼儀というものです。どうかよろしくお願いします。


(追記:

「異世界ファンタジー」の意味を歪めることが問題である理由 - い(い)きる。

現代舞台で超能力や妖怪が出てくるのもファンタジーって呼ばれてない?漫画で特に。『私は!剣と魔法のファンタジーが!読みたいの!』と切れ散らかした記憶。

2019/09/01 01:10

「異世界ファンタジー」の意味を歪めることが問題である理由 - い(い)きる。

"ファンタジーが別の世界を舞台にするのは当たり前でしょ?" 当たり前じゃない。現実世界ファンタジーに相対するものが異世界ファンタジー。そこに「ゲームもの」とか「転生もの」とかがつくだけ。

2019/09/01 01:39

「異世界ファンタジー」の意味を歪めることが問題である理由 - い(い)きる。

現実世界が舞台の魔法少女ものとかも「ファンタジー」でしょ?異世界ものだけをファンタジー扱いにするのは反対だし、なろう系等のRPG系世界だけを異世界扱いにするのも反対。

2019/09/01 01:42

なんでわたし自身がローファンタジーの概念を理解してないバカ扱いされてるんだ???もしかして、

異世界ファンタジー」は伝統的に、基準世界、転移転生、RPG要素の有無を問わず、この宇宙・この地球とは別の世界を舞台とするほぼ全てのファンタジーを指してきた言葉です

この箇所のことか!?

ここでしているのは「“別の世界を舞台とする”ほぼ全てのファンタジー」の話であって、「この宇宙・この地球(に近い世界)」を主な舞台とするファンタジーについては、ここでは何も語っていません。そういったファンタジーも当然あります。もしも異世界が舞台のファンタジーがファンタジーの全てだと言っているように見えたのなら、書き方が悪かったんでしょうね(「ほぼ全ての、別の世界を舞台とするファンタジー」とした方が分かりやすい)

過去にファンタジーのハイローに関わるこういう文章も書いてます。

上にリンクを貼った前島賢氏の記事でもはっきりこう書かれてますね。

http://maezimas.hatenablog.com/entry/2016/02/01/005627

(ただ、こう「ファンタジー異世界なのは当たり前であって、わざわざ異世界とつけるからには現代から異世界への移動があるはず」というような意見については、いやいや異世界じゃないファンタジーあるでしょ! 『魔女の宅急便』とか『R.D.G』とか『Kanon』とか現代が舞台のファンタジー、いっぱいあるでしょ! とちょっとだけ思うけど……)

そもそも、もしもファンタジー異世界舞台のものだけを指すと思っているのなら、「ファンタジーが別の世界を舞台にするのは当たり前でしょ?なのにわざわざ『異世界』って付けてるんだから、転移転生のことに決まってるじゃない」という「若い世代」の認識に反論する理由がないですね。)


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*1:どこからが「別の世界」となるのかなど曖昧な部分もあるが、ここでの問題とは関係がない

*2:eスポーツ選手に対して褒め言葉で「チートかよw」と言った場合など、紛らわしい場面はいくらかあるだろうが。