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『統計はこうしてウソをつく』それと「ライトノベルが絶賛衰退中という事実」について

たまにはフィクション以外の本を読まないと頭クルクルパーになってしまう!という危機感に襲われて、適当に選んで読み始めたこの本。いやあ面白い。

なんらかの主張の根拠として持ち出される数字――統計が、時として信用できないものに変わってしまう理由を、実例を挙げながら分かりやすく解説してくれます。

たとえば、拒食症に関するこんなケース。

この問題に注意を引こうとする活動家は、米国には拒食症の女性が15万人いると見積もり、拒食症は死を招きかねないと指摘した。そして、ある時点からフェミニストは、毎年15万人の女性が拒食症で死んでいると報告し始めた。(これは相当な誇張だった。拒食症によるとされる死亡は年に70件にすぎない。)

(強調は原文)

これはこの本では「突然変異統計」と呼ばれている、元々の情報が受け手の解釈で歪んでしまった例の一つです。いわゆる伝言ゲーム状態ですね。それにしたってほんとにすごい変化だな。

こんな感じの思わず笑ってしまうような極端なものも含めて統計の「ウソ」が紹介されているので、数字に疎いわたしのような人間でもスイスイ読めてしまえる内容になっています。統計を見る上では基礎の基礎みたいな話なんでしょうが、それだけに素人にとっては納得と驚きのバランスが絶妙な一冊でありがたい。

さて、話は変わりますが、小説家になろうにこんなエッセイが投稿されたようです。

ライトノベルが絶賛衰退中という事実 テンプレラノベは商業的に批判されて当たり前

ライトノベル市場は半減したという事実を突き付けます。
ちなみにライトノベル市場ピークは2012年というのも嘘です。

とのこと。エッセイであるにもかかわらずキーワードに「史実 ミステリー 怪談 サイコホラー 近未来 ディストピア」が設定されているのもおどろおどろしいですね。

筆者の「らんた」さんは、はてなにもアカウントを持っている方のようです。

id:lantan2015 

それでは、肝心のエッセイの中身を見てみましょう。

ライトノベル市場は1996~1998年をピークに衰退しております。

今、ライトノベル市場は220億円です。よって、出版市場1兆3000億から見たら微々たるものです。

ライトノベル市場が2012年をピークに衰退というのも嘘です。出版市場はもっと前から衰退してます。2012年のライトノベル市場は約250億です。

よく考えてみ?書店が1日1軒ペースで潰れて行ってる時代ですよ。出版市場そのものが半減したんですよ。1996年比で。ライトノベルが絶好調なわけないじゃないの。

で、1996年の出版市場2兆6000億の時代の時のライトノベル市場は約500億円あったんです。

ライトノベルの主読者層は30代男性、実に25%(4分の1)です。

20代男性入れると実に半分になる。10代男女はわずか15%です。

驚くべきことに40代読者が6%も居ます。

市場半減という事実をよくお考え下さい。

読者は半分減ったんです。「異世界・萌え・ハーレム・チート」にうんざりした人たちが半分居るという事実はでかいものです。

よく90年代ライトノベルと比べて今のライトノベルがいか病んでいるか読み比べてください。

以上!

うーん、なかなか手厳しいですね(^_^;)

まあ、ラノベ業界批判的な部分は正直わたしは興味がないので各自で評価していただくとして。ここでは、らんた氏の挙げた数字に注目していきたいと思います。

まず、ラノベ読者層について述べている箇所。らんた氏がどういったデータを参考にしたのかは分かりませんが、軽くググってみてはっきりとパーセンテージを出してるページは、これぐらいしか見つけられませんでした。

https://xbusiness.jp/young-adult-fiction/marketing

2016年9月に矢野経済研究所が実施した消費者アンケートより、「ライトノベルオタク」を自認する消費者は日本国内に約165万人と推計。年代は19歳以下:20.8%、20代:32.9%、30代:22.2%、40代:12.1%、50代:8.2%、60代:3.9%で、20代が市場を牽引。男女比は71.5%:28.5%。

30代と20代の合計でだいたい半数になる*1というところを除いて、エッセイの記述とはかなり食い違っていますね。特に、最も大きな割合を占めているのが20代なので、「ライトノベルの主読者層は30代男性」というらんた氏の主張には当てはまりません。

まあこれは2016年の記事ですし、あくまで調査のひとつでしかないので、らんた氏は別のデータを参照したのかも。

続いて、現在のラノベの市場規模について。らんた氏は「220億円」としていますが、これはどういう数字なのでしょうか。

孫引きになりますが、「ORICONエンタメ・マーケット白書2018」の数字と比べてみましょう。

たしかに徐々に売り上げが下がってきてはいますが、らんた氏の主張する「220億」と「280.3億」ではだいぶ違いますね。てっきり、文庫のみを見て(web小説の書籍化を中心とした)単行本の分を除外するという、現代ラノベの売り上げを見る上でよくある勘違い*2かとも思いましたが、仮にそれだとしてもORICONでは156.2億。「220億」は一体どこから出てきた数字なのか。

そして、最も気になるのが「1996年の出版市場2兆6000億の時代の時のライトノベル市場は約500億円あったんです」。これがどうしても分からない。

個々の作品(シリーズ)の部数ならともかく、ゼロ年代以前のラノベ全体の市場規模に関する資料が見つからないのです。もちろん、ネットで検索しても出てこないというだけなので、紙媒体ではどこかにはっきり記録されているのかもしれませんが……

また、追記部分で当時のヒットシリーズの名前を複数挙げて、これだけの作品があれば現在よりもはるかに市場が大きかったはず、というような主張をしていますが、

ライトノベルが絶賛衰退中という事実 テンプレラノベは商業的に批判されて当たり前

よーく考えてください。90年代はロードス島戦記だけでいったい、いくら売れたのか。スレイヤーズだけでいったいいくら売れたのか。クリスタニアというロードス島のスピンオフもありましたよね。フォーチュン・クエストというものもあった。卵王子カイルロッドというものもあったし、安井ラグナロクもあった。オーフェンもあった。爆裂ハンターもあった。フルメタル・パニック!もあった。十二国記もあった。ブギーポップもあった。風の白猿神もあった。これだけ見ても今のライトノベルは売上で勝てる気がしないでしょう?

それを言うなら、ラノベ累計発行部数ランキングトップ5のうち4シリーズが、96年当時には始まってすらいません。

1位『とある魔術の禁書目録』3,000万部

2位『ソードアート・オンライン』2,200万部

3位『涼宮ハルヒ シリーズ』2,000万部

4位『スレイヤーズ』2000万部

5位『フルメタル・パニック』1,100万部

なんにせよ、このエッセイには全体的に、数字を具体的に挙げながらも、その根拠を提示するという意識が欠けているように見えます。できれば今からでも、それぞれどこから引っ張ってきた数字なのか明記してもらえると、こちらも無駄に悩まずに済むのですが……

らんた id:lantan2015 さん、なんとかお願いできないでしょうかm(_ _)m




(20190730追記)

ライトノベルが絶賛衰退中という事実 テンプレラノベは商業的に批判されて当たり前

ライトベル歴代ランキング見るとですね、そこそこ売っていたはずのコバルト文庫系がないんですよ。明らかにおかしいですよ。コバルト、ホワイトハートティーンズハートをガン無視するのはおやめください。

わたしが引用したこのランキングでは、『吸血鬼はお年ごろ』『なんて素敵にジャパネスク』『炎の蜃気楼』『破妖の剣』『マリア様がみてる 』といったコバルト作品はちゃんと含まれてますね。

十二国記がないのは、ホワイトハートだからというより、後に一般文芸レーベル(新潮)に移行したからかな?「ライトノベル」の範囲をもう少し広げたこちらにはありますが、銀英伝幻魔大戦も含まれているのは議論を呼びそうです*3



ライトノベルが絶賛衰退中という事実 テンプレラノベは商業的に批判されて当たり前

というかごくごく1部の本だけ累計2000万部売って、大半の作家が1巻目~3巻目で終了という時代と、新人作家でもそこそこ売れていた時代のどっちが総売上あったのか。

なるほど。たしかに、こちらの本でも90年代にラノベ作家として活躍していた著者が「売上データがないので厳密にはわかりませんが、おそらくは初期、つまり八八年〜九二年の頃のほうが一巻あたりの売れ部数は大きかっただろうとは思います」と書いているので、一冊あたり(の平均)で見れば以前の方が売れていたのは事実かもしれませんね。

ただ、その直後に「とはいってもあの頃はそもそもライトノベルの点数自体が少なかったですし、売れないものは今と同じくらい売れなかったのも間違いないことですが」という言葉が続いています(一応言っておくとこれは2006年の本)。

市場規模が「約500億円」だったとらんた id:lantan2015 さんが主張する96年と、2018年のラノベ刊行点数を比較してみましょう。


1996年 685

2018年 2,760

念のため言っておきますが、これは男性向け女性向け文庫単行本を全て合わせた数字です。

仮に平均値が大きく落ちているとしても、刊行点数が4倍になっており、かつトップの部数では過去を上回っている状況で、市場規模が半分以下にまで縮小しているということはあり得るのでしょうか。経済に詳しい人の意見が聞きたいところです。

ライトノベルが絶賛衰退中という事実 テンプレラノベは商業的に批判されて当たり前

返本率という数字の推移も含めて考えてほしい。本は再販制度商品ですよ。書店に並べておしまい、じゃないんですよ。


この二つのページを見てみると、96年の書籍返本率は35%よりちょっと上、2016年は37.4%となっています。たしかに増えてはいますが、二年で急激に上昇したりしていない限り、現在でも大きく見積もっても10%程度の差に留まるでしょう。発行部数からラノベの市場規模を考える上では、あまり気にしなくていい範囲ではないでしょうか、



ともあれ。らんた id:lantan2015 さんが90年代のラノベが大好きなのは分かりましたから、それはそれとして、それぞれの数字の具体的な参照先、特に96年のラノベの市場規模が「約500億円」だったというデータを示してもらえないでしょうか。

よろしくお願いしますm(_ _)m




(20190730追記2)

https://ncode.syosetu.com/n8433fq

この数字だけ見ても当時よりライトノベル本が売れてるはずがない。それどころか80年代~90年代ライトノベルは一般文芸への登竜門であった。

よく分かりません。ライトノベルが売れていたかどうかと、「一般文芸への登竜門」であることにどういう関係があるのでしょうか。むしろラノベ業界が好調であればあるほど、一般文芸に越境する必要性が下がりそうな気さえするのですが。

つまり勝手に滅んでいるのはエロ・異世界志向のダメなライトノベルでちゃんとしたライトノベルであるライト文芸は健全な市場として生きているということになるのではないでしょうか。「ビブリア古書堂の事件手帖」、「君の膵臓をたべたい」、「後宮の烏」、「閻魔堂沙羅の推理奇譚」……そうそうたるラインナップです。

だとしたら「(エロ系)ライトノベル」の衰退は喜ばしいことです。つまりまともな、本来あるべき方向に進んでおり、「なろうテンプレ」自体がもう通用しない、あるいは「なろうテンプレ」自体を変える(エロ・異世界NGテンプレとする)という方向に進んでいかざるを得ないという売り上げ数字という意味になります。

ライト文芸がお好きなんですね。

※つまりらんたが持っている数字を含めて正しい数字は持っていない世界、それがライトノベル市場という市場ではないでしょうか。

よく分かりません。完全に正しい数字というものは別にラノベ市場に限らずどこの世界にもないでしょうが、だからこそその数字をどうやって出したのか、どこから引用したのかをはっきり示すことが重要なのではないでしょうか。

というか単純な話ライトノベル売れてたら日本全国あちこちで本屋潰れてねーよ。

よく分かりません。現在のライトノベル市場が「出版市場1兆3000億から見たら微々たるもの」と、らんた id:lantan2015 さんご自身が仰いましたよね。それは、「出版市場2兆6000億」に対して「約500億円」だった(とらんた id:lantan2015 さんが主張する)96年においても大して変わらないでしょう。

そんなもともと微々たるラノベ市場が多少売れてようが売れていまいが、「日本全国あちこちで本屋潰れて」るかどうかを左右することはあんまり無いのでは。漫画ぐらい巨大な市場ならともかく。

というか、よく見たらいつの間にか現在のラノベ市場規模を220億円から180億に書き換えてますよね?

今、ライトノベル市場は180億円です。

どういう理由によるものでしょうか。



とにかく。らんた id:lantan2015 さんがライト文芸も大好きなのはよく分かりましたから、これまでに挙げた数字の根拠を出してください。どこかで見たような気がしたが思い出せないとか、なんとなくそう思っただけとかでも別にいいので。これが分からないと今夜は寝られそうにありません。

わたしの安眠のために、らんた id:lantan2015 さん、どうかよろしくお願いしますm(_ _)m


*1:もっとも、こちらのアンケートでは年齢層別に男女比は出していないが、らんた氏はあくまで「30代男性」「20代男性」について述べている。

*2:ライトノベル」とは文庫本で刊行されたものに限られる、という限定的な定義でラノベの売り上げ推移を論じることも可能だが、エッセイの追記らしき部分でらんた氏は「※当時は文庫=ライトノベルということにならないことに注意。1996年ノベルズ第3位は「創竜伝」です。つまりノベルズの売り上げにも注意していかないといけないのです」と述べているため、それもない。

*3:そもそもコバルトなど少女向けレーベルをライトノベルとして扱うこと自体に、東海学園大学人文学部人文学科講師の大橋崇行先生をはじめ、他ならぬ少女向けの読者の内部から強い抵抗があるのだが、今回はらんた氏の定義に従った。