い(い)きる。

生きることは言い切ること。

ドキッ!丸ごと叙述!誤認だらけの連作短編  似鳥鶏『叙述トリック短編集』(講談社)

叙述トリック短編集

叙述トリック短編集

叙述トリックが好きだ。

ミステリを読んでいるなら知らない人もあまりいないだろうが、叙述トリックというのはこういうものだ。

「はてサフェミアベノセイダーズ!」
歴史修正主義表現の自由戦士KKO!」
「互助会!」
「お茶が出ませんでした!」
 今日もはてなでは、一般の人間なら眉をひそめるような汚い言葉が飛び交っている。哀しいことだが、これがかつては日本IT産業の最先端と言われたはてなの、なれの果てなのである。恐ろしい恐ろしい。
「せめて単著を出しやがれ!」
「……日本死ね!」
「ゼヴうっ!」
 株式会社はてなのエンジニア、日本(ひのもと)一郎は、奇妙な呻きを上げて壁までまっすぐ吹っ飛んだ。一線を超えた暴言に堪忍袋の緒が切れた同僚が、日本の顔面を全力で殴りつけたのだ。
 周囲には他の社員もいるが、誰も日本を助け起こそうとはしない。日本は白目を剥いて痙攣したまま放置された。
 社内での殴り合いの喧嘩など日常茶飯事。はてな社員は現実の暴力にすっかり慣れきっており、運営するネットサービス上での諍いに滅多に介入しないのもそれが理由だ。彼らにとっては、肉の痛みも伴わないネットバトルなどお医者さんごっこに等しい。

ブックマークやブログ、増田などネット上の「はてな」で行われている口論かと思いきや、実は「株式会社はてな」で実際に人間が対面していた……という話。あくまで例なので質は気にしないでほしい。

つまり叙述トリックとは、たしかに嘘はついてないけど人としてそれどうなの?という書き方をする、小説上のテクニックということになる。ミステリで生まれ、現在でも主にミステリで使われているが、他ジャンルでも広く応用されている。ちゃんとした定義はググったりWikiったりして確認してほしい。

わたしと叙述トリックとの出会いは、恐らく近い世代の多くの人がそうであるように、ゲームの原作でも名前の知られたあの作家の、アレだった。

それまでにもいくつか推理小説は読んでいたものの、物理トリックやアリバイトリックは正直、それを正しく理解して味わうために多少の努力が必要なことが多かった。恐らくは大脳が壊れているせいだろう。そんなわたしにとって、たった一行でそれまで見えていた世界が一変する叙述トリックの存在は、驚きであると同時に救いでもあった。

事件の内容が多少うろ覚えでも、細かいことはすっ飛ばして意外性の快感を味わわせてくれる。こんな裏技みたいなミステリがあっていいのかと、感動すらした(もちろん書く方にはチートどころか一層大きな苦労があるのだろうが)

前述したように叙述トリックは、既にミステリ外でもしばしば使われるメジャーな手法となっている。ミステリプロパーの読者からは安易な叙述トリックの使用は色々とうるさく言われることもあるようだが、わたしはガチのミステリ読みでは全然ないので一切気にしない。軽率な叙述でじゃんじゃん読者を驚かせてほしいと思っている。

好きな叙述トリック作品は、上に挙げたファーストコンタクトのやつ以外だと、一文字のタイトルのやつと、二文字の作家のやつ。

そんなわたしの大好きな叙述トリックだが、一つだけ問題がある。叙述トリック作品を浴びるほど読みたいと願っても、普通はその欲望は叶えられることがない。なぜなら、叙述トリックであることを露骨にアピールするミステリなどほとんど存在しないからだ。不意打ちこそが基本の叙述トリックにとっては、その存在を仄めかすだけでも作品にとって命取りになりかねない。

……そのはずなのに、叙述トリックを扱ったミステリばかりを集めた連作短編集という、存在自体が矛盾のような本が出てしまった(発行は2018年9月)。それがこの『叙述トリック短編集』だ。

たとえるなら、全ての黄身が双子の卵パックみたいなものとでも言えようか。我ながら下手なたとえだが、この贅沢さがなんとなく伝わってくれたら助かる。

叙述トリックを看板に掲げた上で出す叙述ミステリの困難さは作者も当然承知していて、冒頭の「読者への挑戦状」で触れられている。予め叙述トリックの存在を宣言することで、叙述トリックの後出しによるアンフェア性の回避が可能であると示した後に、以下の文章が続く。

 問題は「それで本当に読者を騙せるのか?」という点です。最初に「叙述トリックが入っています」と断ってしまったら、それ自体がすでに大胆なネタバレであり(略)、読者は簡単に真相を見抜いてしまうのではないでしょうか?
 そこに挑戦したのが本書です。果たして、この挑戦は無謀なのでしょうか? そうでもないのでしょうか? その答えは、皆様が本書の事件を解き明かせるかどうか、で決まります。

では、それぞれの短編がその挑戦に成功したのかどうか……については、実際に読んで確かめてみてほしい(作者いわく「叙述トリックが入っている作品はしばしば書評で「ネタバレ防止のため詳しくは書けません」という言い方をされます」)

個人的には、全作叙述トリックという趣向を晒した上で「とにかく、騙されるお話です」とまで言い切っているのだから、当然なにか特別な対策をしているのだろうと予想していたのだけど、基本的には「普通の叙述トリック」が多く、やや拍子抜けなところはあった。「ダミーの叙述トリック」ぐらいは仕込んでくるかもと身構えていたのだが。

そんな中で特に印象に残ったのは、様々な国から来た学生が集まる安アパートで起こった盗難事件を扱う「貧乏荘の怪事件」。ミステリにはあまり詳しくないので独創性を量るうえで参考になるか分からないが、少なくとも自分は、この形の叙述トリックを初めて見た。叙述トリックにまだこんなやり方が残っていたのかと嬉しくなる。

しかも、あまりにもフェアに、言い換えるとぬけぬけと書かれているため、真相が明かされた時の悔しさも格別だ。悔しくて笑ってしてしまった。

たぶん世界で初めてのコンセプトであり(もし先例があったら適当言ってごめんなさい)、それを思いついて実現した点だけでもじゅうぶん価値がある短編集になっている。toi8絵の学園ミステリでデビューして主にライト文芸方面で活動している(らしい)作家だけあって、キャラクター小説的側面も兼ね備えているので、色んな人に気軽に手に取ってもらいたい一冊……えっ、あのシリーズ今はtoi8絵じゃないの?

ところで、「ゲームの原作でも名前の知られた作家の叙述ミステリ」には、わたしが知るだけでも候補が複数あるが、皆さんはどれを思い浮かべただろうか。答え合わせはしない。

かまいたちの夜

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YAKATA

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