い(い)きる。

生きることは言い切ること。

ラノベ賞現役プロ作家受賞問題・ネタバレAmazonレビュー問題・それらとは実はあんまり関係なく考えたこと

ここしばらく立て続けにその受賞作が発売されている、第13回小学館ライトノベル大賞、第11回GA文庫大賞。この二賞について、それぞれ現役のプロ作家が受賞していることが、ライトノベル読者の間で小さな話題となりました。

優秀賞(賞金50万円&デビュー確約)

『史上最強オークさんの楽しい種付けハーレムづくり』 月夜 涙

大賞 処刑少女の生きる道(バージンロード)

PN. 佐藤真登

いずれも、他の出版社からデビュー済みのみならず、現在進行形で作品を刊行している人気作家です。その上、GA文庫の佐藤真登氏の方はなんと大賞。

どちらの賞も応募資格が不問となっており、規定上はなんの問題もありません。ただ、そうはいってもラノベに限らず公募小説賞というものは、たとえ名前に「新人賞」を掲げていなくても、優れた新人の発掘が主な目的であるというのが一般的な認識でしょう。そういう場で、長いあいだ作品を出していない作家が実質的に再デビューするためならともかく、新たな出版社と仕事をする際にも企画の持ち込みなどの手段がある現役プロ作家が受賞してしまったことに、多少の違和感を覚えるのも事実です。

そのため、下のような声が出てくるのも無理もないところはあるかもしれません。

なるほど。たとえ応募要項で資格不問となっていたとしても、現役作家は空気を読んで応募を控えるべき。もしくは、たとえ十分受賞に値する内容だったとしても、プロの作品は審査する側が融通をきかせて落選させるか、賞とは別枠での出版に回すべき。といった主張のようです。不文律というやつですね。

根本的な解決策としては、応募要項に「○年以内に商業出版で作品を刊行している作家は不可」などの細かい規定を追加すればそれで済みますが、どうでしょう。やはり「資格︰不問」のシンプルさ、開放的な印象にも抗いがたい魅力があるように思います。それほど簡単に変更していいものでもなさそうです。

プロ作家の側にも、出版不況の中でこれまでに無いような生存戦略も取らなくてはならないという事情があるにせよ、そのなりふり構わぬ活動が結果として新人の貴重なデビュー枠を奪ってしまう。この悩ましい問題は、まだしばらくは議論を呼びそうな気配です。当事者にとっては死活問題でしょうが、野次馬としては単純に興味深い。

ところで話は変わりますが、上で紹介したプロ作家の受賞に批判的な人物、ヤボ夫氏。この人は、ライトノベル界隈ではちょっとした有名人です。

ヤボ夫氏はライトノベルライト文芸の精力的なレビュアーとして知られています。しかし、その主な活動場所はブログでもTwitterでも読書メーターでもありません。Amazonのカスタマーレビュー、そこがヤボ夫氏のホームグラウンドです。

https://www.amazon.co.jp/gp/profile/amzn1.account.AEIW7BO6NCFRQKC6FRX34TKU425A?preview=true

色々と読みたい本は多いが、気力と時間がついてこない四十代。読みたくないのは「空気」だけ。同調圧力ばかりが強くなる世の中だが波風立てず穏便に、なんてのはレビュアーとしての「死」そのもの。沈香焚かず屁もひらずの「空気人間」になるぐらいなら、「KY」「クサい奴」と陰口叩かれる方がマシ……という事です。

書き捨て読み捨てが当たり前のレビュー欄という荒野で、長年コツコツと長文批評の数々を積み重ねてきた恐るべき猛者。ヤボ夫氏という人物を端的に説明すると、そういうことになります。

これだけなら、ちょっと変わったことを趣味にしているものの無害な人物に過ぎないのですが、ヤボ夫氏のレビューには困った特徴があり、それも氏を有名にした原因の一つです。

その特徴とは、物語の内容を説明し過ぎてしまうことがある、というもの。いわゆる「ネタバレ」ですね。ヤボ夫氏のレビューは、そのほとんどに作品の大きなネタバレが含まれており、あらすじを9割説明しているとまで言われることもあります。

ネタバレ感想・レビュー・批評それ自体は、別に珍しくも悪くもありません。ただ、不意打ちで不特定多数の目に触れる可能性のあるツイッターなどではネタバレを控えたり、ブログ等でもタイトルに「ネタバレ注意!」などの文言をはっきり入れて、見たくない人が避けられるようにするのが一般的なマナーです。なるべく新鮮な気持ちで作品に触れられるに越したことはない、という価値観なわけですね。

(傑作はネタバレを知ってから読んでも楽しめる、といった反論をする人もいますが、反論になっていません。たとえ大きな面白さが残るとしても、ネタバレによって面白さが減少していることに違いはないでしょう。また、ネタバレで面白さが損なわれる度合いにはジャンルなどによって差がありますし、ミステリなどのようにネタバレに対して弱いからといって作品として劣っているとは言えません。ネタバレを見てからの方が楽しめる?それ、ネタバレ無しで読んでから二周目行けばいいだけでは?)

ヤボ夫氏のレビューには、そういった配慮は一切ありません。堂々たる正面突破のネタバレです。

そのため以前からたびたび批判を受けており、ひと月ほど前には、自作をレビューされた作家から直接削除を要請されるという出来事もありました。

これに対するヤボ夫氏の反応はこうです(綾崎氏への直接のリプライはありません)

どこまでをネタバレとするのかというのも一概に線を引けるものではありませんが、ミステリにおける犯人やトリックのような核心部分に踏み込む情報開示がネタバレに該当することは、ほぼ議論の余地がないでしょう。

無断ネタバレは良くないことであり、ヤボ夫レビューは間違いなくネタバレ。

ヤボ夫氏がなぜ頑なに個人ブログやネタバレ防止機能のあるレビューサイトではなく、Amazonのカスタマーレビューという場にこだわり続けるのかは分かりません。ですがその意図にかかわりなく、作品にとって致命的なネタバレを潜在的な読者(Amazonレビューは商品を購入するかどうかの参考となるのが本来の存在意義)に強要する危険性のあるヤボ夫レビューは、世間からは迷惑行為と見られても仕方のないものです。

そんなヤボ夫レビューが、なぜ削除もBANもされずこれまで続けてこられたのか。それは単純に、Amazonがネタバレを禁止していないからという理由によるようです。

道義的に見れば明らかに問題があり作家自身も苦痛を訴えているとしても、禁止事項の中にネタバレに関する規定が存在しないので削除はしない、というこの機械的とすら言いたくなる対応。はたから見ているだけでもどかしさを感じますが、ルールの運用としては一つの正しい形ではあります。ヤボ夫氏は、杓子定規なAmazonの運営方針のおかげで命拾いして、ネタバレ長文レビューを書き続けられているというわけです。

さてここで、Amazonでネタバレレビューを書くことと、ラノベ新人賞で現役作家が受賞してしまう問題とで、ヤボ夫さんの立場を比較してみるとどうなるでしょうか。

・一方では厳密な規則の適用による恩恵を受けている。

・一方では規則に縛られない柔軟な判断(による排除)を求めている。

という感じに見えますね。

もちろん、それはそれ、これはこれ、という話ではあります。綾崎隼氏がレビューの削除を求めたほどには、ヤボ夫氏は新人賞の改善を強く要請してはいない(と思われる)という度合いの点でも非対称ではあるでしょう。だから別にダブルスタンダードを指摘したいわけではありません。

わたしが言いたいのは、ヤボ夫氏に限らず我々は誰しも多かれ少なかれ、厳密さと柔軟さの両方を都合よく行ったり来たりしながら生活しているということです。どちらか一辺倒ということはまずあり得ない。見通しのいい横断歩道で車の姿もないのに赤信号で渡ったら罰金を取られるような社会はあまりに窮屈ですし、150万円の税金が四捨五入で200万になったりするようなユルさも困ります。

自分がどの場面では柔軟/厳密さのどちらにどれぐらい加担しているのかに、なるべく自覚的になる。そうすれば、自分の価値観の偏りも見えてきますし、立場が異なる相手への想像力にも繋がるのではないでしょうか。

自戒を込めて書きました(最後にこれを付ければ何を言ってもチャラになる魔法の言葉)