い(い)きる。

生きることは言い切ること。

『うみねこのなく頃に』とミステリの「いけすかなさ」

うみねこのなく頃に』という一世を風靡したノベルゲームがある。

物語の大きなジャンルは一応ミステリだが、その内容は「ミステリ」に対する批判も多く含む、メタ・アンチ的なものになっている。うみねこの中でミステリというジャンル、ミステリ作家・読者、そして「名探偵」というキャラクターは時に、他人の事情に興味本位で首を突っ込み得意げに知識を振りかざして他人を見下す傲慢なもの、として語られる(あくまでミステリの悪しき一面に過ぎず本来は「愛=作者と読者の信頼」をめぐる物語である、という肯定的な評価もされてはいるが)

うみねこのミステリ批判には「最近のミステリはホワイダニットを軽視している」といった単純な事実誤認が含まれているなど問題が多かったこともあり、当然のようにミステリ読者からの反発を招いた。だが、ミステリに根本的に抜きがたい「いけすかなさ」が存在していること自体は事実と認めてもいいのではないかと思う。わたし自身、ミステリ関係者のあまりに傲慢な言動に唖然とさせられたことが何度かある。

https://togetter.com/li/31907

https://togetter.com/li/383982


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こうしたミステリ独特の「いけすかなさ」の問題にミステリ関係者が全くの無自覚かというと、そうでもないらしい。ミステリ作品にはしばしば大学のミステリサークル会員のようなミステリマニア的キャラクターが登場するが、それらが知識を振りかざし他人を見下す鼻持ちならない人物として設定されていることも多い。また、事件に対してあくまで外側から関わっていると思われた名探偵が、何らかの形で当事者になってしまうという、その特権性への懐疑とも見える展開もさほど珍しくはない。狭義のミステリに含まれるかは微妙なところだが井上真偽の『探偵が早すぎる』は、ミステリが必然的に持つ傲慢さそのものが題材の一つになっていた(と自分は読んだ)

探偵が早すぎる (上) (講談社タイガ)

探偵が早すぎる (上) (講談社タイガ)

思うに、うみねこのミステリ批判がミステリ関係者に怒られたのは、それが完全に的外れだったからというより、むしろある程度は正しかったからなのではないか。一抹の真実を含んではいるが、それは既に我々自身が取り組んできた問題であって、同人ゲーム作家ごときに斬新な視点のように指摘される筋合いはない、というわけだ。たまたま休憩時間に部屋に入ってきたお母さんに「勉強しなさい!」と言われて激怒する中学生のようなものだろう。その気持ちはよく分かる。

ミステリ関係者が、ミステリが必然的に孕む「いけすかなさ」とどう向き合っていくのか。これからも見守っていきたい。

東京スカパラダイスオーケストラ

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