い(い)きる。

生きることは言い切ること。

「愛」を断ち切るハンロンの剃刀

ドラクエ5のCGアニメ映画化作品(と素直に言っていいものかどうか)「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」をきっかけにして、原作・シリーズ・ジャンル等に対する制作者の「愛」の問題が一部で話題になったらしい。ドラクエYSは観ていない(ネタバレは読んだ)が、自分にもこんなことがあった。

少し前に、自分が読んでいたライトノベルがアニメ化した。具体的なタイトルは挙げないが、現行のラノベの中ではかなりの古株な長期シリーズだ。

このラノベのメインキャラクターは、その象徴の一つと言える「特技」を持っている。特に原作1巻では、その「特技」に関する印象的なシーンが二つあり、わたしを含めて原作読者は、それがどう映像化されるのか楽しみに待っていた。

ところが、実際に放送されたアニメの原作1巻相当部分では、どういうわけかその「特技」は影も形も無くなっていた。一つは、シーンごと丸々カット。もう一つは、物語上必要不可欠な場面なのでシーン自体は残っていたが、なぜか「特技」は省略されている。

別に「特技」そのものが今アニメ全体から排除されているわけではない。原作1巻にあたるエピソード終了後は、原作で使用されている箇所では「特技」がおおむね再現されていた。それ自体は喜ばしいことだ。

ただ、最終エピソード終盤を含めて今回のアニメ化範囲には、原作1巻部分で「特技」を既に見せていることを前提とした展開がいくつか存在しており、そちらには特に調整が加えられずほぼ原作通りの流れになっていた。そのため1巻分でのカットが最後まで尾を引き、結局は微妙な混乱を残すような終わり方となってしまった。

もちろんこれは部分的な省略に過ぎず、ドラクエユアストーリーほど極端な原作改変ではない。アニメ化全体として見ても、演出などに多少の違和感はあるものの基本的には原作の勘所を押さえた内容で、決して単純に悪い出来というわけではなかった。

しかしそれだけに、このファーストエピソードにおける「特技」の削除は妙に引っかかってしまうのだった。原作読者の感覚からすると「特技」のシーンは、多少無理をしてでも入れるべきところだ。監督以下スタッフの大半は恐らく今回のアニメ化のために初めて原作を読んだのだろうが、だとしても原作1巻での「特技」を省略可能なものと判断したというのは、ちょっと信じがたい。

あの不可解な省略をなんとか好意的に解釈しようと試みたこともあるが、どれも十分な納得に至ることはなかった。

(最初のエピソードでは音楽担当の曲を優先したかったのでは……→たしかに音楽は良かったけど、BGMのないシーンもあるんだしほんの数秒「特技」の方に譲ることができないほど余裕がなかったとは思えない)

(順番入れ替えて後で挿入するのかも……→最後までフォロー無し)

(円盤の特典で補完とか……→このシーンに限らずオーコメなどの追加要素一切無し)

(敢えて直接描かないことで逆に存在感を強調するという手法……→理屈のための理屈って感じで嘘くさい)

幸か不幸か、監督やシリーズ構成といったこのアニメのメインスタッフは、ツイッターなどをやっていないようだ。もしも彼らがツイッターにいたら、自分は(クソ)リプを飛ばして直接問いただしてしまっていたかもしれない。なぜああいう形にしたんですか?そこに原作への「愛」はあったんですか?

他の原作読者は知らないが、自分は放送が終了して数ヶ月経った今でも、時々この件をふいに思い出しては頭を抱えている(なんで!?なんで!?)。あまりに意図がつかめなさすぎて、もしかしてあれは何らかの「意趣返し」だったのではないか……?など、陰謀論めいた思考に陥りかけることすらある。そんな時、自分は心の中でこう唱えることにしている。

ハンロンの剃刀、ハンロンの剃刀、ハンロンの剃刀。

ハンロンの剃刀 - Wikipedia

ハンロンの剃刀(ハンロンのかみそり、英: Hanlon's razor)とは、次の文で表現される考え方のことである。

Never attribute to malice that which is adequately explained by stupidity.
無能で十分説明されることに悪意を見出すな[注 1]

例えば、ある製品に欠陥が見つかった場合、(大抵の場合、一般論としては)それは製造した企業が無能であるか愚かであるということを示しているのであって、消費者を困らせるために企業が悪意を持って欠陥を忍ばせたわけではない、という考え方を示すのに用いられる。

実績のあるアニメスタッフを「無能」呼ばわりするのは失礼だろうが、ここで重要なのは、それが失敗であって「わざと」ではないということだ。いや、もし仮に本当に「わざと」なのだとしても、制作者の感情など実のところどうでもいいと思えればそれでいい。

制作者に原作への愛や悪意があろうがなかろうが、実際に公開された作品(のある部分)が自分にとってイマイチだったという事実は、既に厳然としてある。であれば、それ以上の内情を想像、というより妄想してもどうしようもないだろう。考えるだけムダだ。

愛や悪意があろうがなかろうが、良いものは良いしダメなものはダメ。そう単純化するだけで、表現の背後にあるのか無いのかすら分からない制作者の意図に振り回される不毛な苦しみからは解放される。素晴らしい。

まあ、実際はそんな風にスパッと割り切れたら誰も苦労はしないのだが……うーん、ハンロンの剃刀ハンロンの剃刀ハンロンの剃刀……

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