い(い)きる。

生きることは言い切ること。

「じゃあお前、誰になら読まれたい?」 文字書きのweb小説読者不信と理想の読者をめぐって

言葉の使い方に違和感はありますが、言わんとするところは分からなくもありません。

たとえば、腐女子ホモセクシュアルを題材にしたフィクションを好む女性)が、性描写を主眼としたヘテロ男性向け成年漫画・小説・ゲーム・アニメ等に触れたところで、その良し悪しをまともに判断できる可能性は低いはずです。作品が適切に評価されるためには相応しい受け手の元に届けられる必要があり、もし仮にそのマッチングがどうしようもなく機能不全を起こしている場合、作り手が現状に不満を抱くこともあるでしょう。つまり、割れ鍋に綴じ蓋、蓼食う虫も好き好き、餅は餅屋、カエサルの物はカエサルに、灰は灰に、コードATA!というわけです。

スーパーロボット大戦 ORIGINAL GENERATION ラミア・ラヴレス (1/8 PVC塗装済み完成品)

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それはそれとして、一つの疑問があります。

「web小説」の読者が信用できない文字書き(アマチュア小説執筆者)は、いったい“誰”からの評価なら認めるのでしょうか。言い換えると、“何”を読んでいる人間になら、たとえ自作をボロクソに批判されたとしても甘んじて受け入れられるのか。

文字書きの方々は、この点についてちょっと考えてみてくれませんか。ここでの「何を読んでいるか」は、ハードSF、本格ミステリ、「ラノベではなくジュブナイル」といった漠然としたカテゴリーよりも、なるべく具体的な作品であることが望ましいです。

たとえば、「『小説』と『web小説』はもうそれぞれ独立した文化」ツイートをした文字書きの方の代表作は、こちらのようです。


作者からの一言コメント

スーパーすぎる+リアルすぎる合体ロボ小説

勇気を出して告白をしようと、速水勇夫は倉科智美を喫茶店に呼び出した。

が、いざ告白をしようとしたその瞬間、大地が割れ、轟音とともに二人は闇に飲まれていった。

気が付くと光の閉ざされた闇の世界。

脱出方法を探し、光を求めてさまよう二人は、謎の施設を発見する。 

東京の一部に壊滅的被害をもたらした謎の大地震

巻き込まれた6人の老若男女が、日本を襲う戦争の脅威にさらされていく。

普通の高校生、勇夫と智美は、生き延びることができるのか。

世界を飲み込む脅威の正体を知った6人の選択は。

この「蒼翼の獣戦機トライセイバー」は、ジャンルとしては巨大ロボットもの、になるのでしょうか。

これを「『小説』(not web小説)」読者に読んでもらいたい、がアバウト過ぎて論外なのは当然として、「とにかく読み応えのある小説を読みたい方」、ロボット小説読者、でもまだ広い。読み応えのあるロボット小説と一口に言っても、『E.G.コンバット』から『機龍警察』までその中身には色々あるわけで*1、それだけでは理想的な読者を考える上で限定が足りません。

E.G.コンバット (電撃文庫 あ 8-1)

E.G.コンバット (電撃文庫 あ 8-1)

「蒼翼の獣戦機トライセイバー」を良くも悪くも正しく理解できる(と作者が思える)のは、果たしてどのロボット小説の読者なのか。いや、自作がロボット小説だからといって、別にロボット小説の読者にこだわる必要もなく、とにかく何であれ具体的に一作以上挙げられればそれでいいんですけど。

もしも、この問いに答えが一つも思い浮かばなかった場合。それは、自作の面白さの方向性について自分自身すら上手く咀嚼できていない、ということになります。そんな状態では、読者とのマッチングをどうこう言う前に、まずは自分が「何を書いているのか」を把握するのが先決となるでしょう。

もちろん、自作がどう面白いのかについて完璧に確信を持って理解はしているが、それはこれまでに全く前例の無い斬新な面白さのため既存の作品・ジャンルを一切基準にはできない、という可能性もあります。ありますけど、それは、宝くじを買えば1億円もらえる可能性がある、というぐらいの「可能性」であって……

繰り返しますが、基本的には自分が好きで書いているweb小説とはいえ、批判ばかり受けたり、そもそもあまり読まれない黙殺に近い状態が続いたりすれば、読者の評価基準を疑いたくなる気持ちは分かります。ただ、「正しく評価されない」というのであれば、せめて正しい評価の条件(評価者の資格)ぐらいは、最低限自分の中できっちり設定しておくことが必要です。

さもなければ、どこかにいるはずの自分の作品を正しく理解してくれる「『小説』(not web小説)」読者というような、ふわふわした幻想に延々とすがり続けて泥沼に沈むことになるので。



一応はネットで小説のようなものを書いたことがなくもない者の一人として、自戒を込めた文章でした(万能の免罪符)

*1:もちろん実際には作品を計る基準は一つではないので、「〇〇から✕✕まで」という言い方はあくまで言葉の綾。