い(い)きる。

生きることは言い切ること。

「小説の現状」「『ライトノベル』『本格ファンタジー』とは」「誰かの作品を貶めること」 〜堅洲(kadas_blue)氏のコメントから考える〜

はじめに

3ヶ月ほど前にこのブログで、「本格ファンタジー」を自称するとあるなろう小説を例として、多くの文字書きがなぜか陥りがちな「自分の作風はラノベっぽくない」という思い込みについての文章を書きました。


最後の眠り人は、魔王の城にて ~ダークスレイヤーの帰還~

その後、「本格ファンタジー」なろう小説「最後の眠り人は、魔王の城にて ~ダークスレイヤーの帰還~」の作者である堅洲(カダス)(@kadas_blue)氏とツイッターで何度かやり取りして相互ブロックになるなどの出来事があったのですが、とりあえずこの件は終了したものとこちらでは考えていました。

それが今日になって、堅洲(@kadas_blue)氏からまた新たなコメントをいただいたのです。


https://srpglove.hatenablog.com/entry/2020/06/07/165834 

堅洲

ラノベ天狗とか言われてるわりに、小説の現状を全然理解してなくて呆れます。

分かりやすい文体や表現を使わないともう全くwebで小説なんて読まれない時代ですよ。

そもそも、ラノベ天狗の定義するラノベや本格ファンタジーって、思い込みレベルでガチガチですよね?

逆に聞きたいですが『ライトノベル』って何ですか?明確に定義できますか?

突っ込んだ箇所がズレてる上に重箱の隅つつくところまでも行ってなくて、やっぱりこの程度の知識ではラノベ天狗とか揶揄され、大して賛同を得られないのも仕方ないんだろうなと思いました。

あと、誰かの作品をこんな風に貶めるって普通はやっちゃいけない事ですよ?自分は良いですが、気のとても弱い人は筆を折る可能性だってあります。

そういう可能性考えてこういう事してましたか?ラノベという文化を保護したい立場の人がしていい事じゃないですよね?

それから、学習能力がないようなので改めて言いますが、発言の引用を許可しませんので消すように。

改善が見られない場合ははてなの運営に問い合わせますのでそのつもりで。

最後にもう一つだけ言いますが、こんな事してる暇があるなら、自分で『問答無用に面白いラノベ』をあなたが書けばいいんです。

それもせずに評論家気取りでかえってラノベへのヘイトを上げてるのは、申し訳ないですがどこから見ても賢い言動とは思えません。

身の丈に合わない事はしない方がいいと思います。

また、それと前後して、このような引用リツイート、マシュマロも立て続けに送られてきました。

これらが堅洲(@kadas_blue)氏と関係あるのかは今のところ不明です(引用RTのアカウントはツイート頻度を見るに誰かのサブアカっぽいしアカウント名の「blue」が堅洲氏と共通しているのは面白い偶然ですね)

そもそもコメント自体、堅洲(@kadas_blue)氏本人である確証もないのですが、いずれも内容が似通っていることですし、一番長いコメントへの回答で、まとめてお返事とさせていただきます。

「分かりやすい文体や表現を使わないともう全くwebで小説なんて読まれない時代ですよ。」

以前ツイッターでも申し上げたように、もし仮に「分かりやすい文体や表現を使わないともう全くwebで小説なんて読まれない時代」が事実だとして、それはあくまで書き手側の都合ですよね。WEBでの読者ウケを狙った結果、「(ラノベやなろうとは一線を画するような)本格ファンタジー」とは言い難い、ライトでポップな書き方や内容を自ら選択したのであれば、「(ラノベやなろうとは一線を画するような)本格ファンタジー」の看板を降ろすのが筋ではないでしょうか。

逆に、なぜ堅洲(@kadas_blue)氏が(ラノベやなろうとは一線を画するような)「本格ファンタジー」の肩書にこだわるのかの方が気になってしまいます。

ラノベ天狗の定義するラノベや本格ファンタジーって、思い込みレベルでガチガチですよね?」

たしかにあの記事内での「本格ファンタジー」はかなり狭い意味で使われていますが、それは堅洲(@kadas_blue)氏自身が、ラノベはもちろんそれ以外の小説カテゴリも含めて日本にはこれまでまともな「本格ファンタジー」が存在しなかった、というような非常に厳しい基準を持ち出していたので、それに合わせたまでです。

なお堅洲(@kadas_blue)氏は、日本ファンタジーノベル大賞などは「ファンタジー」ですらないというお考えのようですが、これも相当「ガチガチ」ではないでしょうか。

わたしは、『後宮小説』も『宇宙のみなもとの滝』も『バルタザールの遍歴』も『六番目の小夜子』も『東亰異聞』も、「ファンタジー」と呼んで問題ないだろうと思っています(『太陽の塔』はどうかな……)

後宮小説(新潮文庫)

後宮小説(新潮文庫)

宇宙のみなもとの滝

宇宙のみなもとの滝

バルタザールの遍歴 (角川文庫)

バルタザールの遍歴 (角川文庫)

六番目の小夜子(新潮文庫)

六番目の小夜子(新潮文庫)

東亰異聞 (新潮文庫)

東亰異聞 (新潮文庫)

太陽の塔(新潮文庫)

太陽の塔(新潮文庫)

ラノベ定義の方は……そんなに「ガチガチ」ですか?

たしかに、ライト文芸や女性向けレーベルも当然のように「ライトノベル」に含めてしまうid:kazenotori氏のようなラノベ帝国主義者BLACKなどと比較すると、わたしは保守的なラノベ定義の側にいます。

メディアワークス文庫の読者層は電撃文庫とは違うからライト文芸ラノベじゃない」みたいなやつですが、これなんて漫画に置き換えれば「ヤンジャンの読者層はジャンプとは違うから青年漫画は漫画じゃない」という話になるわけですよ。そんなおかしなこと誰も言わないでしょう。

しかし少なくともあの記事に関しては、ラノベ・なろうとは全然違う「本格ファンタジー」だと堅洲(@kadas_blue)氏が主張する「最後の眠り人は、魔王の城にて ~ダークスレイヤーの帰還~」を、いや、どちらかといえばラノベでしょと結論付けてるわけで、むしろ「ユルユル」だと思うんですが。「ラノベ」の範囲を広く取るという意味で。

「逆に聞きたいですが『ライトノベル』って何ですか?明確に定義できますか?」

ラノベを概念として明確に定義するのは難しいしわたしには無理ですが、それとは別に個別具体的な判断として、「明らかにラノベ(でしか出せそうにない)」とか「どう見ても一般文芸」といったラインは存在します。ライト文芸などの勃興によりラノベと一般文芸の境界線は更に曖昧になっていますが、確定的ラノベ・確定的一般文芸の領域はさほど変わっていない、というのがわたしの認識です。

前の記事の繰り返しになりますが、「最後の眠り人は、魔王の城にて ~ダークスレイヤーの帰還~」は、堅洲(@kadas_blue)氏の言うような明白な非ラノベではあり得ず、むしろラノベの側に大きく寄った作品だと思います。

逆に聞きたいのですが、堅洲(@kadas_blue)氏はラノベを明確に定義した上で、自作を「ラノベ」ではないと判断しているのですか。

「突っ込んだ箇所がズレてる上に重箱の隅つつくところまでも行ってなくて、」

あの記事でのツッコミどころが決定的にズレてるということはつまり、一般的なイメージそのまんまの「エルフ」その他メジャーなファンタジー存在を出したり、「よりどりみどりですなぁ~!」などマンガ的な台詞を多用したり、黒曜石の剣を「オブシダンソード」と表現したりといった部分は、(非ラノベ・非なろう的な)「本格ファンタジー」としての資質に、一切全く何ら影響を与えないということでしょうか。それなら、そもそも「分かりやすい文体や表現を使わないと(略)読まれない」などと言い訳をする必要もないのでは。

「誰かの作品をこんな風に貶めるって普通はやっちゃいけない事ですよ?」

はい。誰かの作品を貶めるのは一般的に良くないことだと思います。

でも、少なくともあの記事でわたしは、「最後の眠り人は、魔王の城にて ~ダークスレイヤーの帰還~」を、マックやカップラーメンやストロングゼロにたとえるようなことはしていないはずです。

堅洲(@kadas_blue)氏が、これらご自分のツイートには全く問題がなく、わたしの記事には自作を「貶められた」と考えているのであれば、その違いはどこにあるのでしょうか。特定の作品を対象にしているかどうかだけ?

また、堅洲(@kadas_blue)氏は、自由なレビュー活動も推奨していたはずですが、その立場との整合性についてはどう考えているのでしょうか。

「自分は良いですが、気のとても弱い人は筆を折る可能性だってあります。」

はい。自作を忌憚なく評価されただけでも、創作活動引退のきっかけとなることは十分あり得るでしょう。

でも、そういう「気のとても弱い人」はそもそも、他を貶めるような形で自作の価値を過剰に高く喧伝するような振る舞いは控えるべきではないでしょうか。大言壮語の自由はありますが(あるかな?)、実態がそれと大きくかけ離れていれば当然、普通におとなしく公開していた場合よりも厳しい目で見られるのは仕方ないことだと思います。

骨粗鬆症性の患者が自分でハードル上げて勝手に転倒して骨折するようなものですね。

ラノベという文化を保護したい立場の人がしていい事じゃないですよね?」

仮に。他のなろう小説をカップラーメン・マック・ストロングゼロに、自作をステーキ・本格ラーメンにしょっちゅうたとえて平然としてるような文字書きを放置しておくことが、結果的に「ラノベという文化」に良い影響をもたらすと、1000%確実に分かっていたとしても。それでもわたしはきっと、ツッコミの自由を行使する方を選びますね。

別に、KADOKAWA集英社小学館SBクリエイティブetcからお金もらって活動してるわけではないので(残念ながら)。「ラノベという文化」のために言いたいことをそこまで無理にガマンする義理はないです。

そしてもちろん現実では、本格ラーメン・ステーキ文字書きを放置することによるメリットは、いまだ確認されていません。幸か不幸か。

「学習能力がないようなので改めて言いますが、発言の引用を許可しませんので消すように。」

当方の学習能力の欠如については、生まれつきなものでいかんともしがたく、大変申し訳ありません。

ですが、以前ツイッターで申し上げたように、「引用」に許可は必要ありません。

出典を明記、もしくはリンクを貼り、本文との区別も明確である以上、前回同様に引用の形式として特に問題ないと思われるのですが、いかがでしょうか。

「改善が見られない場合ははてなの運営に問い合わせますのでそのつもりで。」

先でも後でも構いませんから、問い合わせの文面を公開してもらえませんか。どういう名目で通報するのか、興味があるので。

「こんな事してる暇があるなら、自分で『問答無用に面白いラノベ』をあなたが書けばいいんです。」

お言葉ですが、「ステーキ」「本格ラーメン」にたとえられるほどの傑作「最後の眠り人は、魔王の城にて ~ダークスレイヤーの帰還~」でも、なかなか正しく評価されないと嘆いていたのは堅洲(@kadas_blue)氏ですよね。だとしたら、本当に面白いラノベを書いたところで、今の世の中ではやはり有象無象の中に埋もれていくだけなのでは・・・(^_^;)

優れた作品が存在すればそのジャンルでの放言や嘲笑やマウンティングが消え去って、社会的な地位もぐんぐん向上するというのは、あまりに楽観的な考え方だと思います。仮定の話ですが、たとえば堅洲(@kadas_blue)氏の認めるような「本格ファンタジー」がラノベから出てきたところで、恐らく氏はそれをラノベの「例外」として処理するだけでしょう。

まあ、以前ツイッターで言ったように(またか!)、そもそもわたしには「問答無用に面白いラノベ」を書けるような能力はありませんが、単純にそれとこれとは別問題ではないでしょうか。

堅洲(@kadas_blue)氏も、

「自分にはまだできてない書籍化を続々と果たしてる『なろう系』をストロングゼロにたとえたり怨念エッセイ書いたりして溜飲を下げてる暇があったら、自分もさっさとダクスレで書籍化キメて長者番付にでも載ればいいのに(^_^)」

って言われれば、それはそれこれはこれだろ?!と思うんじゃないかな(違ったらすいません)

長文タイトルがなぜ嫌われがちなのか?そして、長文タイトルが続くとどのような不利益を被るかを、長文タイトルで分かりやすく説明するよ。

「それもせずに評論家気取りでかえってラノベへのヘイトを上げてるのは、申し訳ないですがどこから見ても賢い言動とは思えません。」

賢さが足りなくて申し訳ありません。

ただ、一つ付け加えておくと、わたしの活動によってラノベやなろうが嫌いになったと主張する人は稀によく現れますが、そうした人々は実際のところ、わたしが捕捉する以前から積極的にラノベ・なろうへのヘイトを表に出している場合が多い気がしますね。そもそも、だからこそこちらの目に留まったとも言えるわけで……

「身の丈に合わない事はしない方がいいと思います。」

全くもってその通りですね。お互いに気をつけましょう。

おわりに

以上です。

まだ何か言いたいことがあれば、またコメントでよろしくお願いします。

余談

堅洲(@kadas_blue)氏は頻繁に、自作のような非ラノベ・非なろう「本格ファンタジー」は日本ではずっと受け皿が無かったと嘆いていますが、創元ファンタジイ新人賞に送ることは考えなかったんでしょうか。

第一回優秀賞の『魔導の系譜』読みましたけど、良くも悪くも普通の異世界ファンタジーでしたよ。これなら少なくとも、ファンタジーノベル大賞の時みたいに「ファンタジーって言葉使うなや!」と言わずに済んだんじゃないですか。

まあ第五回で休止したから、その時点でまだ小説書き始めてなかったのかもしれないし、「最後の眠り人は、魔王の城にて ~ダークスレイヤーの帰還~」がどういう評価を受けるかについても何とも言えないけど。


カダッシュ オリジナルサウンドトラック

カダッシュ オリジナルサウンドトラック

  • 発売日: 2017/05/31
  • メディア: MP3 ダウンロード


(続き)